くるくる回る小さな世界はいつも不安定に傾いていて
それは目眩がする程なのに、僕だけは変われないまま
何処かに取り残されてしまう様な気がしていた
「男の子が泣いても格好悪くなんかないって、私はそう思うよ」
が突然、アレンに向かってぽつりと呟いた。
数多いるアクマとの一戦の後、疲れを一時的に回復させる為に殺風景な場所に二人で座り込み、ようやく手に入れた僅かな平穏。
何の話をしていた訳ではない。ただの隣に腰を下ろして、団服にこびり付いた砂埃を払っていただけだった。
しかし独り言には聞こえなかった今の台詞に、相貌をぱちぱちと大きく瞬かせたアレンが言葉を返す。
「どうしたんですか、急に」
「アレンはおかしいと思うの?」
「あ、いえ、そういう訳では」
慌てて首を振るアレンを見て、が控え目ながら満足そうな笑みを向けた。
アレンは質問の意図が上手く理解できず、視線を合わせたまま、の次の言葉を待つ。
しかし特に続けるつもりはないのか、その瞳を優しく逸らし、が小さく吹いた風に細い髪をなびかせながら辺りを見回した。
乾いた地面に残る戦闘の爪跡。
誰の物かもう判断することのできない血の匂いが、砂に混じって少しだけ漂っていた。
近くに落ちている枯葉も不自然に鋭い切り口を見せていて、先程までの戦闘の激しさを密かに物語っている。
長所を特筆することが難しそうなこの場所を、アレンも自然と無言で眺めた。
アレンは最近、こういう景色を見ると不安に襲われる刹那がある。
つい先程の様にアクマを追い、追われ、全てを壊してしまった後で改めて辺りを見回した時に
初めて古びた風景が視界に入った瞬間、そして何より今までその景色に気が付かなかった自分に気が付いた瞬間。
アクマを壊す運命を歩いてから、それでも大切だと思える物を手に入れることができたからこそ。
逃げ出したくなるんだ。
まるで、未来の自分の世界そのものを目の前に見せられているかの様で。
怖くなるんだ。
自分でも知らない間に、僅かに手に入れたかけがえのない物まで奪われて、
自分のこの小さな世界が、いつか全て乾いてしまう様な・・・・
「ほら、その顔」
「いだだだだだっ!!」
「今の話、聞いてたでしょ?」
突如片方の頬を強くつねられて、アレンは思わず声をあげた。
しかしの指先に込められた力は中々解けない。それに加えて、の瞳が至近距離でアレンの両目を捕まえた。
眉を寄せて不機嫌そうなに対しアレンは困惑と戸惑いが交わった表情で、頬を指で挟まれたまま、いまいち締まりの無い声を漏らす。
「あのちょっと、ホントに痛いんですけど、その」
「泣きそうな位?」
「いえ、別に泣きはしませんが・・・っいだだ!!」
アレンの言葉に、余計に指先に力を入れる。
相変わらず眉の皺を深め、アレンの顔をじっと見つめている。
「アレンがいけないんだからね」
「僕ですか?」
「・・・だって時々、悲しそうな顔する。でも泣かないの。それが、アレンの悪い癖」
そう言いながらようやく手を外して、そのまま俯く。
アレンはそれを見守りながら、恐らくは赤く腫れている頬を、自分の手で押さえてみた。
目の覚める様な痛みと、じわりと溢れる、温かく緩やかな熱が掌に伝わって来る。
「たまには泣いて欲しい」
「どうしてですか?」
アレンが尋ねると、が少しだけ困った表情で微笑んだ。
矛盾してるけどね、と一言置いてから、は先程つねった指先で、今度はアレンの頭を撫でる。
そしてはアレンが一番好きな、柔らかな微笑みを作った。
「アレンには、笑っていて欲しいから」
その言葉は言いようも無く曖昧で
でもどうしようも無く優しくて
不意に瞳の奥が濡れて景色が少し滲んだ。
輪郭の無い不安が何故か消えていくと同時に、殺伐としていた周りがぼやけ
夜の柔らかな街灯に近い、そんな偽りの美しさが映し出される。
ただアレンの髪をゆっくりと撫でているの存在だけははっきりと目の前に感じ取れて、
この世はまだ、こんなに綺麗なんだと思った。
いつから君が傍にいたのだろう
くるくる回る小さな世界はいつも不安定に傾いていて
闇の中で言葉が紡がれる度に、君は僕の色も形も変えて
記憶の中で華が咲く度に、君は僕を甘く揺らすんだ
だからもう大丈夫
君がいればこの箱庭は
きっとこんなにも優しく煌めくから
それは、万華鏡のように。
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皆様初めまして。今回有難くも参加させて頂くことになりました。
思っていることを文章にする難しさを改めて学びましたが
その分とても楽しく書くことができました。この様な機会を設けて下さった主催者様と
ここまで読んで下さった皆様へ感謝を込めて。本当に有難うございました!
神崎りおら