が初めて一護に会ったのは、が五歳に上がる少し前のことだった。新しい一軒家、引っ越した先のその隣には、『クロサキ医院』という小さな病院が建っていた。
「ほら、お隣の黒崎さんよ。一護君はと同い年なんだから、仲良くしてもらいなさい」
の母親が自分の後ろに引っ込んでしまった娘の背を押しながら、全く人見知りが酷いんだからとかなんとか呟く。しかしの耳にその言葉は入っていなかった。は、初めて見るオレンジ色の髪に見とれていた。
「一護、挨拶は?」
「…黒崎一護。食べる苺じゃないよ、一つを護るって書くんだよ」
「う、えと、です…」
正直、は一護の説明を理解していなかった。頭は太陽の色なのに名前は赤い色なんだなぁと、小さな頭はそんなことを考えて。
は人見知りが激しい上に引っ込み思案だった。その所為か、が一護に出会ってひと月も経つ頃には、一護はすっかりのお兄さんになっていた。
は兎に角、まるで刷りこみされたヒナのように一護の後ろを歩いた。太陽の色をした髪から空手が強いところ、何から何までにとっては一護は『憧れ』だった。そして『憧れ』がもっと特別な感情になることに、時間はかからなかった。
「――いち、ご」
は前を歩く少年を呼び止めた。
あの頃は背丈も同じくらいで、憧れとは言ってもこれほど一護の背中が大きく、そして遠く感じることもなかったのに。昔と変わらないのは太陽のような色をした髪、そしての気持ち。それに比べて一護自身は、高校に入ってから急激に、何かとは分からないけれど確実に変わっていっている。そして、はその理由を知っていた。
どうしてそんなに先に行ってしまうのだろうと、は悲しくなった。いつも一護の後ろを追い掛けていたにとって、これ以上距離を離されては追い付きようがなかった――隣に並びたいだけなのに。
「あ?どうした、」
呼び止められて一護は振り返った。こうして一緒に帰ることも久しぶりだった。
「一護、私――ごめん」
「…は?」
突然のの謝罪に、一護はなんとも間抜けな顔で応えた。
「えーと…お前、何か俺にしたのか?」
「違うの、分からない。でも、知っちゃいけないことだった…と思うから」
がうつ向くと、一護は目を泳がせて頭を掻いた。それから「あー」とか「うー」とか口ごもって、いつの間にか出来ていた距離を縮めようとのところへ戻ってくる。
いつも一護の後ろをヒナのようにくっついていたを、彼自身が慰めたことは数知れない。引っ込み思案のはそのうじうじした性格からか、いじめられることが多々あった。しかし、泣きそうな顔をするのには決して泣こうとしないので、一護がを慰めるのにはほとほと手を焼いたものだ。中学校に上がってからはそんなことも少なくなって、今ではすっかり過去のことだと一護は思っていたのだが、そうではなかったらしい。
の身長に合わせるように、一護は膝を曲げた。
「言ってみろよ、怒んねぇから」
「………見えてる、」
「…?」
一護が不思議そうな顔をしたのが見えて、何故だかはイライラした。いつも一護の後ろしか歩けなかったからって、気づかないとでも思っているのだろうか――人一倍一護を見てきたのに!
「見えてるの!幽霊も、変な化け物みたいなのがいるのも、一護が黒い着物を着てるのも――刀を振るっているのも全部!!」
殆んど叫ぶようにしてが言葉を放つと、一護は目を丸くして酷く驚いたとしか言いようのない顔をした。
は、一護がそんな顔をしたことがショックだった。やっぱり気付かれてないと思ってた――どうしてそんなことを思えるんだろう?私が一護を見てることに、何で気づいてくれないんだろう?答えは実に簡単だった。が一護を見ているように、一護はを見ていないからだ。
が怒ったような、それでいて悲しそうな顔をするので、自分が驚く前に、そんなに何と説明すればいいのか、一体何を口にすれば良いのか一護は分からなくなった。出てきた言葉は余りにも曖昧なもので。
「お前、いつから、それ」
一護は、驚きだけでなくそれを知られた事に困惑した顔になった。
「幽霊はずーっと前から…だからね、一護の霊感が強いことも知ってたの。だっていつも幽霊にとりつかれてた」
は呟くように答えた。
「……俺や虚…あ、いや、あー…化け物のことは?」
「分からない。でも一護の、そういう霊感みたいなのが大きくなったとき辺りなの。私、ほんと、知ってるの。一護の家にトラックが突っ込んだのは嘘だし、テレビ局が来た時に人が化け物になるのも見た。石田君と大きな化け物を倒すのも、茶渡君や織姫の霊力が変化してることも――ルキアさんがいなくなったことだって!」
これで決まりだ、と言うように、は語尾を強めた。一護を困らせたいわけじゃない、だけどきちんと説明してほしかった。これ以上置いてけぼりをくらうのは後免だ。
「浅野君の誘いを断ったのは、夏休み、ルキアさんがいる世界に行くからでしょ?」
「あぁ」
「そこは、死んだ人が行く世界なんでしょ?」
「そうだ」
決して迷いを見せない一護を見て、は遂に涙を堪えきれなくなった。
「どうして行っちゃうの…!」
一護の顔や体に包帯が巻いてあるのを見つける度に、はいたたまれない気持ちになった。ルキアがどうしてこの世界に来てどうしてもとの世界に帰ったのか知るはずもないし、どうして一護がルキアの世界に行かなければならないのかもには分からない。けれど、一護が刀を振るって闘っている姿を見て、そうすることが命に関わることだというのは簡単に理解出来た。
「嫌だよ一護、だって、いつも傷ばっかりつくって、」
知らないところで、死んじゃうんじゃないかって――口に出して恐ろしくなった。一護が死神になっている度にいつも思う、あれは生きている一護なんだろうか、それとも――
はぎゅっと一護の制服を掴んだ。今それを握ったところでどうにもならないけれど、離してしまえばいなくなってしまいそうで。
「……」
一護はもう一度頭を掻いた。
人気の少なくない道で、通る人々が何事かという視線を向けてくる。一護はその視線が嫌で、涙を流すの手をとって歩き出した。は突然のことに驚いて、引っ張られるがままに足を動かした。
「心配かけてんなら悪ぃ。でも、俺は行く」
「どうして!」
「ルキアは俺を助けてくれたんだ、恩を仇で返すようなことは出来ねぇし、仲間を助けに行くのは当たり前だろ」
一護の言葉で、はハッと気がついた。
「ルキアさんの身に…何かあるの?」
「」
一護は立ち止まって振り返った。
「お前まで巻き込むワケにはいかねぇんだ、だから教えられない。分かってくれ――」
本当に申し訳なさそうな顔で謝る一護を前にして、の喉元まで出かけた反論の言葉は消えていった。結局、何一つ教えてもらえない。分かったのは、やっぱり一護が危険な目にあっている事だけ。
「…絶対帰ってくるよね?」
「帰ってくるさ。此処にだって護りたいものが沢山あるからな」
「うん…」
は曖昧に頷いた。邪魔にでしかならない自分に、酷く腹が立った。霊が見えてるだけじゃ、何にもならない。
「…おかえりって、言わせてね」
が小さく呟いた言葉はしっかりと相手に届いていて、一護は任せとけ、と眉間にしわを寄せたままのいつもの笑顔で笑った。
永遠の片思い
いっそこの気持ちに蓋をしてしまえたらどれほど楽か。
(言葉に表せない自分がもどかしい)
2006・8・2
○補足○
好きだと伝えたいけど、迷惑はかけたくない。だからって永遠の片想いをするくらいなら、この気持ちに蓋をしたい――そういう意味で題名をとったのですが、イメージが異なっていたらすみません。
企画への献上品です!参加させていただきありがとうございました!
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