時計の針は夕方6時をすぎたところだった 空は茜にうっすらと藍が滲んだ頃合いで 丘の上に建つ屋敷の小さな窓から彼女は街並みを見下ろしていた 「静かにしてください」 「つまづいたんはアレンさ〜」 「それはそうですけど 大きな声で笑ったでしょう?」 「それはしょうがないさ〜 あんまりにもハデだったんだから」 思いだし笑いをグッとこらえてラビは草場に身を隠した 一方アレンはなにやら思案顔で今日の策を頭に巡らせる 「ほら家はお父様が厳しいでしょう お祭りといってもそれは変わらずで 私はいつも窓から賑やかな音を眺めるしかできないの」 彼女の寂しそうな笑顔が忘れられない だからこうしてずいぶんと前から計画だててきたのだ アレンウォカーは大きく息を吸い込むと 何かを決したように一つ頷いた 「…それで勝算は?」 アレンの背後からしだれかかるようにしてラビが尋ねる それは決まりきった答えを期待しているような口調に近い アレンは小さく”えぇ”とだけ答えてティムキャンピーを掌に乗せた 「よろしく頼みますよ」 優しく穏やかな視線の先にあるものは きっと彼女の笑顔なのだろう 彼女の視界にティムキャンピーが映る 窓を開け手を伸ばしたのと彼女の部屋のドアがあいたのは同時だった 入ってきた白髪混じりの男は ティムキャンピーをみつけるやいなや怪訝ににらみつける 「ソレは何だ?」 「なんでもないわお父様」 「・・・それならばよいが つまらぬ思いにふけっているのではなかろうな」 「そんな滅相もない」 心の中で舌をだし さらっと彼女はいってのける 思い出すのは彼の言葉 「そんなに行きたいのなら行きましょう 僕が責任を持ちますから」 その言葉を聞いた時、は胸がトクンと脈打つのを感じた 彼が嘘をついたことなんて一度もない こうして現れたティムキャンピーが何よりの証拠じゃないか は視線を窓の外に移しアレンを探す それに呼応するかのように脈拍が静かにあがっていく 「そういえばエクソシストとかいう 妙な連中とずいぶんと親しくしているそうじゃないか うちの品位を落とさぬよう控えるんだ お前はここの跡継ぎ忘れてもらっては困る」 言いたいことを次々と投げつけて 彼女の父親は威嚇するようにじりじりと迫ってくる いつもなら聞き捨てならない言葉も 今日は気持ちがはやってか彼女には聞こえない 「わかっているのか?」 返事をしない彼女の肩を叩こうと彼が手をのばしかけると 彼らの隠れていた茂みからガサガサという葉擦れの音と共にくぐもった声が聞こえた どうやら茂みに隠れていた二人がバランスを崩したらしい 「…なんだ?」 あまりにも不自然なその音に彼女の父親がさらに一歩窓辺によった 「どうかなさいました?」 動揺を悟られまいと大きく深呼吸をしは問掛ける 「今、確に誰かの声がー…」 いいかけたその時、彼のはるか後方で派手な音が響いた 「旦那様大変です! 若い男が無理矢理邸内にー…」 初老の男が慌てたように男を呼ぶ それに応えるよう彼はきびすをかえした 安堵の息を一つついてはふたりのいる茂みにむかって呼び掛ける 「アレン?そこにいるの…?」 さわさわと茂みが応える しかしアレンの姿は何処にもみあたらない 「ねぇアレン いるんでしょ?」 何度問掛けても何も変わらぬまま せっかく父がこの場から離れたのにこれでは何も進まない そう思ってがため息をついた時 ようやく草陰から人影が一つゆらりと顔をだした 「ごめんな アレンじゃないんさ〜」 「ラビ?!」 「アレンから伝言”の家の一番高い窓”で会おうってさ」 「一番高い窓…?」 「そうそうスカートはやめといたほうがいいかも」 軽くウィンクをしてラビはに衣装替えを促す 何がなんだかわからないまま は言われたとうりロングのワンピースの下に動きやすい服をきた そのほうが家の者に怪しまれないからだ 部屋をでて廊下を突き当たると屋根裏に通じる梯がある 急かされるような気持ちでは一番高い窓へと向かった 幸い家に無理矢理押し入った若い男のおかげで 皆の目はそっちへながれには眼もくれない 慣れない手つきで屋根裏への入り口をあけると カビ臭いようなじっとりした空気がをとりかこんだ 「お迎えにあがりました」 窓枠に腰かけて微笑む彼 それは紛れもなくが探していたアレンだった 「ずっとここに…?」 「いえ、さっきまでラビといたんですが ここからの方がが出やすいと思って」 窓の外には立派な木がゆさゆさと葉をしげらせていた 大きな幹から伸びる太い枝は確かに足場にちょうどいい そうと決まればー…とは 惜しげもなくワンピースのファスナーに手をかけた 「な…ななななな!!!!」 「大丈夫よアレン ちゃんと下に着ているもの」 「そういう問題じゃないでしょう!!」 真っ赤に染まったアレンを見てくすりとはおかしそうに笑った 屋根裏の窓は邸内の窓の中では小さい部類だったが 二人が出入りするには十分すぎるほどだ アレンのエスコート付きでのんびりながらも確実に降りていく この枝を辿れば簡単に塀を越えられるということをアレンはよく知っていた 「さぁ後はここを降りれば終わりです」 「ここをってこの塀を?!」 邸の塀はいつもが見上げているよりずっと高く見えた 上から見下ろすということで彼女の身長分が加算されているからだろうか そんな塀を軽々と飛び降りてアレンはにむかって両腕をひらく 「僕がちゃんと受け止めますから!!」 「だけどあたし きっと貴方が思ってるより重いわ」 「大丈夫!!が思ってるよりずっと力だってありますよ?」 大きく息を吸い込み きつく目を閉じる アレンなら大丈夫そういい聞かせて 「?どうしたんですか?」 「…失敗したら承知しないんだから」 「わかってますよ」 そう言って笑った彼の表情は今までみたどの表情より優しくみえた 両の足を同時に前へと踏み出す 軽い浮遊感の後 それはすぐさま優しい腕の感触へと変わった 「ほら大丈夫っていったでしょう」 「信じてなかったわけじゃないわ でもこんなことはじめてなんだもの」 「そうでしたね」 額をあわせて二人が笑う あたたかく甘い空気に包まれるかのように… 「テメェ モヤシ!! こんなトコにいやがったのか!絶対ェぶっ殺す!!!」 そんな二人の空気をぶちやぶるように神田の声が後方からきこえた その遥か後方には邸の主人をはじめ執事達が群がっている 「…もう少しひきつけてくれると思ったんですけど」 舌打ち交じりにそうアレンは呟くと ポケットから髪留めを取り出した 軽く手の上でワンバウンドさせたかと思うと今度はそれをおもいきり投げる 「アレン 貴方もしかして…」 目を丸くしておどろくの手を引いて どっちに捕まっても厄介ですねと彼はおどけたように笑った 空はいつしか深い藍に染まり フィナーレへ向かって艶やかさが加速していく 人混みに紛れた二人の行く先は 地上の星きらめくあのむこうへー・・・
捕 わ れ の 姫 を 救 い に
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