私にとって、約束だけがすべてなのだ
朝が来る。
そうしたら私は窓を開けて、朝日に向かって大きく伸びをする。
そうしたとき、また昨日が終わって、明日が来たと思うのだ。
それはあの日から変わらぬ、私の日課となっていた。
あれから、どれくらい季節が廻っただろう。
暖かな陽気に自然が色づき活気に満ちる季節や、じりじりとした空気に肌を焦がされそうな季節、色あせた色に染まる季節、そして、眩しいほどにあなたを思い出させる季節を。
私は、どれだけひとりで見てきただろう。
それは、あなたと離れた時間。
そして、あなたとの約束を守り続けた時間。
「まったく・・・どれだけ待たせれば気が済むのかしら。」
突き抜けるような青空の中に両手をかざして、私はあきれ半分にぼやいた。
視線は、左手の小指。
何年も前のあの日。私たちは一つ約束をした。
それは今とは違って、どんよりと重い雲が立ち込めた夜。
私は悲しみと絶望に沈んだ眼を目の前にして、何もできず悔しい思いをしていた。
かける言葉が見つからなくて。思いつく言葉は全てが同情を表す定型語のようで。
そんなとき、泣きはらした目で、でも何かを決意したような強い目で、彼が私の目の前に立った。あのとき。
息をのみながら、私はぽっと浮かんだ何の根拠もない言葉を、ぽつりと口に乗せた。
「いっちゃうの?」・・・と。
彼はそれにこくんと頷き、そして消えそうな声で「ごめん」と言った。
予感が確信に変わった。とたんに、胸が苦しくなった。
「まっててもいい?」と私は聞いた。もう、大切な人がいなくなるのには耐えられなかった。
大きく目を見開いた彼は、逡巡したように視線をさまよわせた後、少し嬉しそうに「うん」と言った。
そして去ってしまいそうな彼を呼びとめて、私は部屋に入った。引き出しをあさって、目的のものを手に取ると急いで身をひるがえす。
不思議そうな眼をしながら、でも待っていてくれた彼の前で、私は大きく息を吸い込むと、「手をだして」と言った。
右手を出そうとした彼を遮り、左手を引き寄せた。
一瞬身を引いた彼に「だいじょうぶだから」と言うと、手早くその手の小指に持ってきた赤い毛糸を巻きつけた。
ぱちくりと瞬く彼に、私はもう片方の糸の先をはい、と差し出した。
茫然と自分の小指とその糸の先を見つめる彼に、私はにっこりと笑って「おまじない」と言った。
絶対にまた会える、おまじないだ、と。
それを聞いた彼はまた照れくさそうに笑うと、差し出した糸を、私の左手の小指に同じように結び付けてくれたのだ。
そして、ゆびきりげんまんをした。いつも遊んでいるときと同じように。
「うーそつーいたら・・・なんにしよう?」
「うーん、なんにしようか・・・。」
約束を破った時の罰ゲームを決めかねて、私たちは少しだけ歌を中断して考え込んでしまった。
「じゃあ、もういっしょに遊ばない!」
「えぇ!?」
「うーそつーいたーら、ぜっーこう!はい、ゆびきった!」
「ぜっこう!?」
「そう、ぜっこうだよ!だから、ちゃんと守らないといけないんだからね!」
「わ、わかった。」
神妙な顔でこくこくと頷いた彼に、私は満足そうに笑うと、2人の指からするりと糸を抜き取った。
「あっ」と小さい声を漏らす彼に、押しつける。
「やくそくわすれたら、ぜっこうだからね。」
「・・・・・・うん。」
少しだけ睨んで言うと、押しつけられるように受け取ったそれをじっと見つめ、彼は嬉しそうにほほ笑んだ。
それにまた満足そうに笑うと、「ほら、いきなよ。」と回れ右をさせて背中を押した。
数歩つんのめったように小走りになって、止まってちらりとこちらを振り返る。
不安そうな、さびしそうな顔をしているように見えて、それを吹き飛ばすように私はにっこりと笑った。
私は彼の笑っている顔が好きだった。私が笑うと彼も笑ってくれたから、だから今も私が笑うことで彼も笑ってくれればいいなと思っていた。
「またね!」
そう言って手を振ると、彼は私につられたように手をあげて、そしてにっこりと笑ったのだ。
あれから、彼がどこで何をしているのか、まったくわからなかった。
だって、私は彼が何をしにどこへ行くのか、まったく聞かなかったのだから。
元気かどうかも、分からない。
ただ、私にあるのは、約束と、小指に残った感触と、あの色鮮やかな糸の記憶だけだ。
「嘘ついたら・・・絶交なんだから・・・。」
私も大きくなって、最近は女の子らしくなってきたねと言われるようになった。
髪も伸びて、背も伸びて、すべてが変わってしまった。
彼も、大きくなっただろうか。小柄だった彼は、大きくなっているだろうか。私みたいに。
例えまた会えたとして、お互いに相手のことが分かるだろうか。
あまりにも時間の流れは大きくて、決して忘れまいとしても、だんだん霧が深くなるように、私の記憶の中の彼もあいまいになっている。100%の自信なんて、ない。
それでも、きっと、信じている。
赤い糸を辿れば、きっと―――
あなたへと、繋がっているって。
赤い糸を辿れば
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参加企画サイト様「全てによる祝福を」様に投稿させていただきました。個人名は全く出てきませんが、Dグレのアレン夢です。
幼い2人の雰囲気を感じていただけたらそれで満足です。
大変遅れてすみませんでした。参加できてとても嬉しかったです。また機会があれば、ぜひ参加させてくださいね!
水野皐月 拝