たった一人の親友へ









軍の食堂で私が食事をしていると、ふいに背中に衝撃を感じた。

どんっ

「うわ!」
「よ、。三ヶ月ぶりだな」
「エ・・・エド?」

聞き覚えのある声に振り向くと、そこには私を後ろから羽交い絞めにして笑ってる少年の顔があった。
鋼の錬金術師、エドワード=エルリックだ。
ませた態度を取ったり、人をなめた発言をすることも珍しくないが、時折こうして子供っぽい仕草をするこの幼馴染に、思わず苦笑してしまう。
「あんたがここに来てるなんて知らなかった。いつも言ってるけど、先に電話か電報よこせっつの」
私はやれやれと肩をすくめてナイフとフォークを置き、立ち上がった。
「計画立てても、なかなか予定通り来られるもんじゃねーんだよ。・・・食事、もういいのか?」
「うん。滅多に会えない大事な幼馴染の来訪ですものね。ご飯どころじゃないわよ」
は大事な、を強調して言う。皮肉を込めて。
悪いな、と申し訳なさそうに言うエドは、なんだかんだいって律儀なやつだ。
トレイを運びがてら並んで歩くと、やっぱり私の方がまだ背が高いが、それでもエドは前よりずっと伸びたと思う。
調子に乗るので言ってはやらないが。
「アルはどうしたの?」
「あいつなら中庭で、またネコと一緒にいるんじゃね?」
「あいかわらずね」
ひとしきり二人で笑うと、「それにしても」と私は話題を変える。
「何でこう、あんたには簡単にバックをとられちゃうんだろうね。これでも軍人の端くれなのに」
さっき、後ろからアタックされたことを言っているのだ。
顔をしかめると、エドはにやにやしながら答えた。
「そりゃは女だから、師匠も師匠なりに格闘技の方は手加減したんだろ」
「その分エドにスパルタ修行をぶつけたわけ?イズミ師匠は」
「そうそう。だからお前は俺に絶対勝てねえ」
胸を張るエド。
私はぷーっとふくれてみせるが、気にも留めていない。

私とエルリック兄弟とは、同じ師匠の元で修行していた。
小さな頃は修行の間によく三人で遊んだものだ。
歳の差もほとんどないので気も合い、それは今も変わらず、こうして交流も続いている。
時折私と仲良く喋っているエドに嫉妬したマスタング大佐などが、よく彼をいじめているが・・・。

丁度昼下がりの穏やかな時間。
軍部とはいえ、そう毎日殺気立っているわけではない。
休憩時間だからだろうが、人通りも少なかった。
とりとめのない話をしつつ渡り廊下を歩きながら、ふいにエドが私の髪に右手を伸ばしてきた。
びっくりして一瞬身を縮めるが、エドは埃を払っただけだった。
「驚かせないでよ、全く」
「何に驚いてんだよ。こういう時は文句じゃなくて礼を言うもんだろうが」
「あ・・・ありがとう」
横目でエドを見ると、じっと髪に触れた方の手を見つめている。
「どうかした?」
「いや、お前髪伸びたよな。昔は短くて、ぴんぴん跳ねてたのに」
「うるさいわね。毎日キューティクルケアにいそしんでるのよ」
ふん、と鼻を鳴らすと、エドは急に髪を引っ張ってきた。
「痛っ、何するのよ!」
「俺より小さかったくせに、あっという間に抜かしやがって」
私の頭の位置が自分より高いことにムカついたらしい。
私はそれを微笑ましく思い・・・・・・高笑いで応じた。
「おほほほほ!あんたにあわせて豆粒になってやるほど私は優しくないのよ、ばーか」
「豆じゃねぇ!」
背の高さに始まって、やがては相手の寝言から幼少期の恥ずかしい思い出まで引っ張り出し、
私たちを周りが遠巻きにしていくことにも気付かずにエドと私が言い争っていると、こほん、と咳払いが聞こえた。
二人でそっちを向くと、あからさまにイライラした視線を私たちに注ぐ、直属の上司。

「君達は司令部の廊下の真ん中で、何をいちゃついているのだね」
「マスタング大佐・・・」
「これがいちゃついてるように見えるかよ」
「見える。今すぐにから半径3メートル以上遠ざかりたまえ」
「嫌」
エドが動かないのを見てとると、大佐はあろうことか発火布をとりだした。
私はあわててその腕を引っ張り、エドを置いて渡り廊下をそれて外へ出た。
全くこの二人が一緒になると、ろくなことがない。

「もう、司令部を戦場にする気ですか、大佐!」
「子供じゃあるまいし、本気で放火しようなどとは思っていないさ。これはただ単に、を鋼のから引き離そうという私の策略・・・」
「嵌めたんですか!」
非難の声をあげる私を無視して、大佐は不機嫌そうに言った。
は鋼のに対しては、他の誰にも見せない表情をする」
「そうですか?自分ではわかりませんけど」
ぶすっとして言うと、大佐は少し真面目な口調になって続けた。
「気を許しすぎじゃないか?私にはちっとも隙を見せないくせに」
「だって、昔からの親友ですし」
「む・・・私の介入できん時の壁というやつだな」
「そうです」
「・・・そうはっきり肯定されると落ち込むがな」
大佐は落ち込んだ風を装ってみせたが、私は笑顔で流した。
ふと、思ったことを口に出してみる。
「幼少期を知っている友人というのは、やっぱり大事だと思うんですよ」
大佐は黙って聞いている。
「子供時代って、なんだかんだ言って、一番幸せな時でしょう?辛い事があったとしても、慰めてくれる人や支えてくれる人が、必ずそばにいるはずですから」
「子供は一人では生きていけないからな」
「ええ。だから、エドは多分、私の中で一番大きな部分を占めているんですよ」

私はエドの悲しみを少なからず知っているし、苦しい修行にも一緒に耐えてきた。
そして私が悩んでいる時には、いつもそばにエドがいた。
「言葉は無くても、触れ合う事はなくても、手を伸ばせば指先にその人を感じられる距離にいるということが、重要な事なんじゃないでしょうか」
「なるほどな・・・」
大佐が真剣に考える素振りを見せてくれたことに、私は少し安心した。
その時大佐がヒューズ中佐・・・准将のことを考えていたなんてことは、全く見抜けなかったけれど。

しばらくして、名を呼ばれた。

「・・・はい、なんでしょう?」
「じゃあせめて、その親友とやらがセントラルを離れるまで、そばにいてやったらどうだね。・・・その、手を伸ばせば届く距離に」
いいんですか、と確認すると、「私が止める権利はないさ」と返された。
今までさんざん邪魔していたくせに。
私は笑って一礼し、踵を返した。それから、親友のもとへ駆け出した。

また彼は、どこか知らない町に旅立つのだろう。
私の知らない人に出会い、私の知らない風景を眺め、私の知らない事件にかかわり、
・・・そして、私の知らないところで成長していくのだろう。
もう、昔のようにいつでも触れ合える場所に、エドはいない。
無性に寂しくなって、子供のように声をからして泣き叫んでも、
彼の指先は私を温めてはくれないし、私の手はどうやっても彼を探し当てることができない。
そして二人意地を張り合って、いつか離れていることに慣れてしまっても、
やがて私が素敵な人を見つけ、エドもまた大切な女性と出会って、別々の道を歩みはじめても、
お互い、元の幼くて純粋で、ただただひたむきだったあの頃に戻りたいとは言わないだろう。
だけど、思う。
はるか追憶のかなた、共有する思い出は、きっと色褪せない。

「エド!」
つまらなそうに廊下に佇む少年の姿を認めて、私は彼を呼んだ。
窓からの光を絡めた風に、金色の髪がなびく。
小さなエドの面影と、今そこにある大人びたエドの姿が重なる。
私を見つけて、エドが、微笑んだ。

共に暮らした日々は変わらず、私の中に息づいていて、




・・・私はただひたすら、彼の中でもそうあっていてくれればよいと、願う。